東工大数学コースの院試の体験記です。細かく記述するよう要望が有ったので、記憶の範囲で記します。
0 ~6月(1)
時系列としては、第1Qの期末試験期間までです。まずは、院試対策前の私がどんな状況であったかを簡単に説明します。
数学系の授業では、微分方程式関連以外の3年次までの授業の単位を全て取得し、4年次では表現論を学ぶことに決めました。
表現論ゼミの準備はそこそこ大変で、少なくとも土日は確実にゼミ準備に時間を吸われていました。また、3月辺りではこれに加えて連続幾何学の本も読んでいた為、中々のハードワークでした。
この時点で同期の有志が院試対策会を立ち上げていたのですが、私は上の状況でキャパが厳しいと考え、参加しませんでした。(このせいで後々苦労します。)
また、この頃東工大で大学1年程度の数学の質問に答えるバイトをしており*1、それに加えて大学院生向けの講義を幾つか聴講していました。
結局、学生らしいことはしていましたが、院試対策らしいことは何もしていませんでした。このせいで8月が大変なことになるのですが、それは後述します。
1 6月(2)
時系列としては、第2Q開始時点にあたります。
表現論ゼミは重たいパートを通り過ぎた所で、授業も序盤なため、僅かに時間の余裕が生まれた所でした。
さて、ここまで院試対策無しは流石にマズいと考えた私は、空いた時間を利用し、参考書を用意して対策することとしました。私は代数系の研究室に所属する為、代数の参考書として『大学院への代数学演習』を購入して演習問題を解くことにしました。
解いてみてすぐに分かったことですが、なんとガロア理論の基礎的な内容がごっそり抜け落ちていることが発覚し、急いで勉強し直しました。
結局、この期間はガロア理論の基礎と、苦手意識が有ったホモロジー代数を学び直すことに費やされることとなります。
2 7月(1)
時系列としては、第2Qの授業が本領を発揮し始めた頃です。
ゼミは再び難しめのパートに突入しましたが、6月中にある程度予習を済ませていたおかげで、院試対策をする時間の余裕ができました。
(なお、予習自体は良いのですが、該当の内容を読んだ記憶が時間経過で薄れてしまい、発表本番時に詰まることが若干増えてしまいました。そんな経緯もあり、個人的には失敗だったと思っていますので、あまりお勧めしません。)
ガロア理論の基礎が有る程度固まってきたので、参考書の問題を解くことにしました。――難しすぎる。身体が硬直しかけましたが、仕方が有りません。1問ずつ解説を読んで丁寧に理解することを心掛け、分からない箇所はネットで近隣知識を漁るなどで対処することとしました。
(後で発覚したことですが、この本の問題は難問がそれなりに多く、今の東工大の院試ではまず出ないような難易度のものが多く有りました。)
3 7月(2)
時系列としては、院試1か月前にあたります。
参考書の問題のうち、ガロア理論や可換環論に関連しそうなものは一通り解き終えました。1ヶ所どうしても分からない箇所が有り、色々あって指導教官に聞いた所、少しの検索時間を経て全く聞いたことの無い定理(と、その証明が書いてある箇所)が返ってきました。指導教官は検索力でも格が違うことを思い知らされた瞬間です。(その定理は、私がネットで調べたときは全く見つからなかったものでした。)
同じ研究室の方の話から、『午後の試験』の形式は分かっていた為、代数の問題が解けなかったときの保険として解析と幾何の専門的な内容を一通りおさらいすることとしました。時間的に幾何は仕上げるのが難しく、最終的に複素解析の基礎的な内容を覚え直すこととなりました。
また、8月中は院試勉強でパズルの制作はできないと思い、8月に投稿するパズルを事前に制作することとしました。*2これも含めて、院試対策以外の重そうなタスクはおおむね片付け、いざ院試対策という状況に持ち込みました。
このとき私は、『午前の試験』という存在について何も知りませんでした。そのせいで危うく致命傷になりかけるのですが、後述します。
4 8月(1)
時系列としては、8月開始~院試10日前辺りです。
第2Qの授業が終わり、院試準備としてゼミもこの期間からお休みすることとしました。
さて、私は午前という存在をようやく知りました。説明のために、ここで東工大の数学コースの試験内容を簡単に紹介します。
試験は2日(連続した日とは限らないです。今年は1日開けての実施でした)に分かれており、1日目では筆記試験、2日目では口頭試問が行われます。筆記試験は次の3つに分かれています。
『午前:大学2年次までの基礎的な内容(5問必答)』
『午後:大学3年次以降の専門的な内容(2問選択/7~8問)』
『英語:英語で書かれた数学の文章の読解(1~2?問必答)』
このうち午前と午後の過去問が公開されており、院試対策会でもその内容を重点的にやっていたようです。
口頭試問は後述しますが、筆記試験の問題や院での志望分野についての内容を聞かれるようです。(こちらも後述しますが、私は片方だけしか聞かれなかった為、この情報は伝聞で得たものです。)
ここにきて、ようやく過去問に着手しました。過去問は問題形式が一番新しい平成31年度~令和4年度の問題を解くことにし、まずはその中で最も古い平成31年度の問題を解きました。
結果は(体感)全完でした。(この年の問題が比較的簡単だったと知るのは後の話です。)
幸運にも、存在すら知らなかったため無対策だった午前が時間内に解き切れました。おかげで、午後の対策に全労力を割くという選択肢が現実的になりました。これで午前の結果がズタボロだったなら、ほぼ確実に致命傷だったでしょう。大学のバイトでの経験が生きたのかもしれません。
これで万事OKだわ(?)、と思った直後、思いもよらない事件が発生するのでした……
5 8月(2)
時系列としては、院試10日前~5日前辺りです。
なんと、新型コロナに感染しました。(試験当日5日前よりさらに前の話だったので、運よく院試そのものを受けられない状況からは回避できました。)
酷い高熱にうなされ、食べ物が喉を通らず、思考すらままならない状況です。5年分の過去問も解き切っていない状況であり、暗雲が立ち込めてきました。
薬の効果もあって体調がある程度回復しましたが、それでも過去問を解くのは厳しい状況でした。ですが、いっさい数学をやらないというのも不安です。
そこで、YouTubeで龍孫江様の動画をイッキ見することとしました。これが本当に分かりやすく、参考書の問題と同じ内容もより丁寧に解説して下さっていたので、『初めからこれを見ておけばよかったのでは……?』と思うほどでした。
体調自体は5日の内に回復し、院試にはそれなりの体調で臨めることとなりました。
6 8月(3)
時系列としては、院試5日前~前日辺りです。
体調も回復し、残った過去問(新しい方から4年分)を全て解き切りました。必要に応じて、院試対策会で有志が上げていた解答と自分の解答を比べることもしました。
過去問自体はどれも時間内に全完できましたが、近年になるほど難しい(特に午前が)という印象を受けました。また、1年だけ午後の代数で非常に難しい問題が出題され、やむなく複素解析の問題に逃げました。(後で見たところ、代数が一番得意と思われる同期が同じく複素解析に逃げていたので、この判断は正しかったようです。)
過去問も解いてしまったので、後は午前の中では比較的苦手だった位相空間論の復習をMathpediaでしつつ、YouTubeで龍孫江様の動画をひたすら眺めていました。
7 試験当日(1日目:筆記)
ここからは、試験の内容も含めてお話しします。
当日は緊張で腹痛がしていましたが、何とか大学まで向かうことに成功しました。(もともと緊張で腹痛がするタイプなので、事前に薬を飲んでいました。おかげで、耐えられる程度の痛みに治まりました。)
試験会場が予定会場時刻の30分後くらいまで開かず、暑さで苦しい思いをしました。おまけに、試験会場のマイクは鍵が掛かっていて使えないという状況。きっと、大学側も院試準備で忙しいのでしょうね……。
【午前試験 5問必答】
イメージとしてはSASUKE 2nd Stageが近いと思います。基本的な内容のおさらいでは有りますが、1問1問がしっかり考えさせる難易度をしており、しかも時間制限は2時間半とかなり厳しい設定になっています。
特に時間制限との戦いが厳しく、私は文字の綺麗さを捨ててでも説明の分量を確保することにしました。
問題構成は線形代数2問、位相空間論1問、解析2問が標準的なスタイルらしく、例外的な21年度を除けば*3ここ5年はこのスタイルが守られています。
1問目:線形代数
一変数正方行列の最小多項式などを求める問題です。
見たことのある問題だったので、記述時間を最小限に抑えて解答しました。簡単な問題だからこそ失点を減らすべきでもあるのですが、午前の解答時間はここに時間を掛けていられない程の厳しさです。
2問目:線形代数
行列のトレースの特徴付けを行う問題です。
少し戸惑いましたが、よく考えたら表現論に関係のある問題であり、『この問題ゼミでやったことある!!』を体感しました。おかげで先に(3)の解答が思い付き、そこから逆算して(2)を解きました。
3問目:位相空間論
位相空間論関連の話題が詰め合わさった問題です。
不安だったので、記述量を少し多めに割きました。特に『連続写像による連結な集合の像は連結な集合』を示す場面では、Mathpediaで以前見た証明を元に数行掛けて書いてしまいました。(今考えれば、そんなに費やす必要は無かったと思います。)
4問目:解析
二重積分が収束する条件付けを行う問題です。
(1)は相加相乗平均の不等式と察し、即座に解答しました。(反例も、相加相乗平均で相加と相乗を離すように考えることで、自然に構成出来ました。)高校で競技数学をやっていた経験が生きたのかもしれません。(2)は色々考えた末、最終的にトネリの定理でゴリ押ししました。
5問目:解析
関数の一様連続性と有界性に関する問題です。
(2)の証明に手間取り、方針は纏まったものの少し長くなってしまったため、説明をより明瞭にしようと、余白に証明途中の簡単なイメージ図を載せました。
どの問題も方針が立つのにそこまで時間が掛からなかったので、問題番号順に解きました。しかし、全て解き終わった頃にはもう残り時間が15分を切っていました。驚きましたが、この難易度で全問解けたなら上出来だろうと思うこととしました。
【午後 2問選択/8問】
用意していたエネルギー補給用のゼリー(と胃腸薬)を飲み、午後に臨みました。
午後の問題は8問中2問を選択と、かなり選択の余地が有るように見えます。しかし実際は8問中に代数の問題は2問しかなく、選択の余地はほぼありません。それでも2問の内に超難問が潜んでいたときのために、複素解析1問を解くという裏択が有りますが、本当に最終手段です。
一方で、解答時間は2時間と、それなりに余裕が有ります。この余った時間を午前に回せるようにしてほしかったです……。
因みに、私は『位数2023の群はアーベル群であることを示せ』という問題が出るかもしれないと思って張っていたのですが、見事に外しました。
1問目:環論
与えられた環に対して、条件を満たすイデアルを探す問題です。
最初は局所化とイデアルの可換性……?などと難しく考えてしまいましたが(※まるで関係無かったです)、落ち着いて考えれば上手い代入写像を取るだけの問題でした。
とはいえ初手で困惑してしまった為、この問題は一旦後回しにして2問目を先に解くこととしました。このことも有り、解答を一度書き直す羽目になりました。
2問目:ガロア理論
(1)はガロア群の生成元と関係式を求める典型問題で、難なく解けました。意気揚々と(2)を眺めて、私は硬直しました。
――なんでしょう、これは。テンソルして直積代数と同型……?
必死に代数学の講義の内容を思い出し、それらしい解答をひねり出しました。恐らく、実質的には与えられた体の5次以下の部分体を求めるだけなのですが、その『実質』の理由は分からず、誤魔化して書くしか有りませんでした。
後で他の同期と講義資料を振り返ってみたのですが、その全員が『実質』をしっかり書けていなかったという結論に達したので、出来る限りで最良だったと思います。
他の問題については、専門外なので省略します。(5問目の複素解析が小問×3で全て証明とやや面倒に思えたのですが、解析の研究室の同期曰く、今年の解析は5~8問目のどれも簡単だったそうです。なお、残りの3・4問目は幾何の問題です。)
【英語 1問必答】
辞書持ち込み可ということで数学英和・和英辞典を持ち込んだのですが、直前になって『普通の』辞書しかダメと言われ、辞書なしでの受験を余儀なくされました。
(そんな制限は何処にも書いていなかったと思います。理不尽。)
とはいえ問題自体は易しく、Latticeが束ではないという一点を除けば比較的解きやすかったのではないでしょうか。(※太字部分に関しては完全に私個人の感想です。)
8 試験当日(2日目:面接)
今年度の面接はオンラインでした。本だらけで散らかっていた部屋を整えつつ、試験に臨みました。
試験前は筆記試験の問題の解き直しと、大学院に入ってやりたい分野についてのアピールを用意していました。筆記試験の問題についてはその答案や出来について聞かれたりするとの情報だったので、午後の問題2のきっちりした理由付け等を用意しました。
また、大学院に入ってやりたい分野のアピールでは、ネットで幾つか論文を漁って、その概要だけでもとにかく読んでみることとしました。
さて、当の面接では筆記試験については何一つ聞かれず、院で学ぼうとしている表現論について幾つか聞かれました。緊張しすぎていたせいか、割と簡単な内容をミスしてしまいましたが、試験自体は短時間で終わりました。
こうして、私の院試は終わりました。(他の大学の院試を受験することは負担が大きすぎると考え、東工大一本に絞っていました。)
ミスが心残りでしたが、試験の手応え自体は充分に有ったので、あとは天命に任せることとしました。
9 振り返り
つい先日、第一志望の研究室への所属が決定しました。嬉しい限りです。
これから数学コースの院試を受験する後輩の方々に、私が院試を受験する中で感じたことをいくつか紹介します。
- 体調は万全に
私は試験と同じ月に病気、当日には腹痛と、本当に体調があまり良くない中の受験となってしまいました。試験において体調不良はデメリット以外の何物でもない(院試に追試は存在しない)ので、体調はなるべく万全の状態で挑めるようにすることをお勧めします。
なお、院試によるストレスで身体に不調が起こる場合が有る(実際に私がそうでした)ので、院試が終わった後はしっかりと療養しましょう。
- 午前は時間勝負
特に近年は難化傾向にあり、時間内に全問を解き切るのは中々厳しいという状況です。すぐに解けそうにない問題は、早めに後回しすることをお勧めします。また、位相空間論の話題はMathpediaが詳しいので、試験前におさらい代わりに閲覧するのもお勧めです。
- 午後は実力勝負
一方で午後は時間にそこそこ余裕が有るので、純粋に専門の内容を理解しているかが問われます。この辺りは過去問を解く等で経験量を増やせば、カバーは厳しくないと思います。代数分野の方は、先述した龍孫江様の動画もお勧めです。
- 最終手段は複素解析
しかし、それでも難しい問題が出るときは有ります。その場合は、複素解析の問題が比較的取りやすいです。最低限、留数定理や実関数への積分の応用例を覚えておくと役立つと思います。
- 英語はなんとかなる
本当に(辞書なしでも)なんとかなるので、緊張しないで臨んで下さい。試験の出来も、流石に悪すぎるとアウトですが、良い分にはどれだけ良くても評価は変わりません。
- 面接は焦らず誠実に
面接官は、数学のプロの方々の集りです。小手先のトリックだとかけむに巻く言い方だとかはまず通用しないので、正直に答えた方が吉だと思います。その場で考えても答えが出ないであろう質問が来たら、堂々と『分かりません』と答えて良いと思います。*4それで駄目なら、私は落ちています。(2回以上は使いました。)
- 最低限覚えておくべき定理・事実の方々
◇ フビニ・トネリの定理
多重積分でお世話になる定理です。存分に使っていきましょう。
◇ 優級数定理
関数列の収束は十中八九これです。優級数定理そのままではなくとも、特殊な形として適用するケースも多く出題されます。
◇ 最小多項式の求め方
固有多項式を割り切る、どの固有値も根に持つ等です。
◇ 連結・コンパクト・ハウスドルフの特徴付け
見たことが有るだけでも、アプローチの仕方が増えます。
◇ (代数) Sylowの定理
群の分類でお世話になる定理です。勿論、ガロア理論でも存分に活躍できます。
◇ (代数) ガロア拡大の特徴付け・ガロア理論の基本定理
頻出です。ここを押さえておくと確実に点が取れると思います。
◇ (複素解析) 留数定理と実積分への応用
複素解析に逃げる選択肢を用意する場合は、最低限押さえておきたいです。
- 同期の力を借りる
同じ研究室の同期や、代数がずば抜けて良く出来る同期には、何度もお世話になりました。本当に感謝します。
また、内部生であれば同期の院試対策会に参加することも有効です。
- 先輩や先生の力を借りる
それでも分からない箇所は、数学相談室に質問しに行くか、教員に直接質問することで解決できます。
- Latticeと言えば束のこと
……どこでLatticeを見ても『格子』の方であることが多くて悲しいです。
以上、ご参考になりましたでしょうか。
それでは、良い一日を。そして、願わくば良い報せを。